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AUTOart SUBARU IMPREZA WRC 2002 [ミニカー]

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Gr.A時代、無敵の4連覇を果たしたトミ・マキネン。
多くの時間を三菱とともにすごしてきましたが、2001年に満を持して登場したランサーWRCのだめっぷりにご立腹。
当時最大のライバルだったスバルへ電撃移籍しました。
赤いマルボロが良く似合うマキネンの青いつなぎに慣れるまでに、非常に時間がかかった記憶があります。


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2002年に参加したワークスは、スバル・三菱・プジョー・シトロエン・シュコダ・ヒュンダイ。
プジョーは円熟期を迎えた名車206、三菱は期待はずれだったランサーWRC、シトロエンは一旦開発を中止していたブランニュー・クサラWRC、シュコダは”白鯨”オクタビア、ヒュンダイは名前負けしたアクセント。
長いWRカーの中でもこれほどのマニュファクチャラーが参加していたのは珍しい時期です。
個人的にはトヨタとセアトの撤退が残念でなりませんが。

ちょうどフランス勢の復権が始まった頃、2001年にGCからGDにモデルチェンジしたインプレッサ。
歴代インプレッサの中でも、あまり好きでなかったのですが、今になって見返してみると非常に個性的で、これはコレでありだな・・・と思ったりもします。
2001年はこのマシンで年間わずか1勝ながら、驚異的な安定感でワールドチャンピオンを獲得したのが故リチャード・バーンズでした。
(ちなみに、やはりGr.Aインプレッサでワールドチャンピオンを獲得したコリン・マクレーも早世しています。ペターに何事も無いことを祈ってやみません。)
そのバーンズがプジョーへ移籍、あいたエースの座に移籍してきたのがトミ・マキネンです。
三菱の絶対的エースのスバル移籍は、当時は計り知れない衝撃でした。

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移籍緒戦のモンテカルロ、リザルトではマキネンの優勝で終わっています。
マキネンのスバル移籍は正解だった、マキネン復活を印象付けた勝利ではありましたが、実は彼の現役最後の優勝となりました。
またこのレース、一番最初にゴールしたのはあのセバスチャン・ローブ。
二日目の夜に許されていないタイヤ交換を行ってしまい、ペナルティが課された上での2位でした。
なんとも”いわく”の多いマシンのように思えます。
この年の最終戦、ペターはRACで初優勝し、翌年のGD中期型インプレッサでワールドチャンピオンを獲得、マキネンはその年限りで引退となりました。

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Aaがこのマシンをリリースしたのは結構前だったと思います。
CM'sもラリーカーコレクションをリリースし、丸目インプを持っていたのでわざわざ買いませんでしたが、先日発見したときに、あまりのかっこよさに購入してしまいました。
ライトやテールランプにクリアパーツなどを使用しない初期のAaではありますが、この型のインプレッサは奇しくもあまりクリアパーツの必要の無いモデルですので、スタイルのよさが際立っています。
特にCM'sと比べると、モデルのシャープさというか、ラインの美しさは段違いだと思います。
イエローラインなどが蛍光イエローでなく、普通のイエローではありますが、非常に綺麗です。
ただ、台座からおろしてみるとよく分かりますが、異常なまでに前のめりなスタイルになっています。
カッコはいいのですが・・・。ちょっと不自然かな?

一緒に2002年型インプレッサのRAC仕様(この頃ってもうRACじゃなかったんだっけ?)、つまりペターの初優勝車もありましたが、イギリスは基本グラベルで、モデルはターマック仕様でしたのでスルーしてしまいました。
こうなると、2003年型もリリースされているので、欲しくなってきました。
探してみる事とします。


あ、ついでではありませんが、カリスマのGr.Aランエボ6も探してみようと思います。



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